「軍艦島」長崎視察研修旅行を終えて

10月3日~4日の日程で第1回視察研修旅行(長崎)を実施いたしました。
台風の影響が心配されましたが計画通りに軍艦島へ上陸する事が出来て実りある研修旅行となりましたのでご報告させていただきます。

長崎港から南西に約18kmに位置する端島。海底炭鉱の島で高層鉄筋アパートが建ち並ぶその外観が軍艦「土佐」に似ていることから「軍艦島」と呼ばれるようになった。

島の面積は65000㎡で、東京ミッドタウンの2/3程度の広さ。そこに集合住宅30棟(最高10階建て)の他に、学校や病院、商店、映画館やパチンコホールなどの娯楽施設も揃っていた。

日本最古の鉄筋コンクリート造7階建の高層アパート群を間近に観ることで、日本の近代化の息吹を感じ、今尚、現代に活かされている技術力を思い知ることとなった。

1890年に三菱合資会社の経営となり民間事業でありながら、その技術力には驚かされた。

  • 1891年から1974年の閉山まで、83年間にわたり海面下1000m以上の地点で、気温30度、湿度95%の環境下で無事に採掘作業完遂。
  • 当初、島の大きさは現在の1/3程度であったが、6回にわたる埋め立てで護岸堤防の拡張。
  • 最盛期には5300人が島に住み、当時の東京都の9倍の人口密度の高い街づくり。
  • 同潤会アパート完成8年前の1916年には、日本初の鉄筋コンクリート造の集合住宅を建設。
  • 集合住宅には中庭に面して吹抜けの廊下と階段があり、屋上には日本初の家庭菜園があり、各階にはダストシュートも設置。

最後に、鉄筋コンリート造の寿命は、大蔵省主税局が1951年に発表した「物理的効用年数」は120年としている。軍艦島の最古の集合住宅は築102年を迎えるが、コンクリートの中性化による鉄筋の強度は劣化が激しかった。見方を変えれば、潮風にさらされた立地環境面を割り引けば、躯体はメンテナンスさえすれば耐えうるものとも考えられた。

 

一般社団法人マンション建替推進協会 理事 田中扶美男 記